「申し訳ないけど、日本とタイくらいしかわからないな」
ぼくはにげだした。
中国や韓国について語るのは色んな意味で難しいと思ったのだ。
「まずタイなんだけど、身体的特徴としてとても細い」
あのときのことを考えるとぼくは下腹が熱くなる。
「タイに住んでいたときビッグCというスーパーでボクサーパンツを買ったんだ。日本だとMがちょうど良いので念のためLを買った。なのにパッツンパッツンだった。布面積自体も少なくてお尻の割れ目が覗ける誰得仕様になっていたんだよ」
あのときの窮屈な恥ずかしさを思い出すとぼくは顔が赤くなる。
北欧の女子大生は目を見開いた。外国人と触れあいたくて海外出たのに日本人ばかりでびっくりしている海外初心者のように。
「わ、わたしもタイの服可愛いくて買いたかったんだけど……お尻が入らなくて泣いたよ……」
その声は痩せた子犬のようにすり切れていた。
彼女は視線を沖に向けた。物憂げな瞳で波に揺れるヨットを見つめている。
「日本人と比べてもタイの人は細いから白人と比べるとなおさら細いだろうね。とくにおしりは」
気がつくとぼくの右手は彼女のお尻に伸びていた。しかしハエのように叩き落とされた。
気を取り直してぼくは続ける。
「次に恋愛についてなんだけど、タイのイケメンは、ゲイかオカマになる確率が非常に高い」
彼女が眉を寄せる。
「ぼくもこの話を初めてタイの女の子から聞いたときは、その子に彼氏がいない言い訳だろうと思っていたんだ」
ぼくは申し訳なくて目を背けた。
「しかし間違っていたのはあなただったのね」
ぼくは唇を結んだ。目を瞑った。
「今となってはタイのイケメンを見るとゲイの方ではなかろうか? いう推定が働くよ」
「どうして?」
ぼくはまぶたを開いた。決心して立ち上がった。
「ばくなりの結論はすでに出ているんだ」
「聞かせて」
彼女の声は優しかった。赤ちゃんをあやす母親のように。
「タイは日本に比べてゲイやオカマの人に偏見がない。日常生活にほとんど完璧に溶け込んでいる。セブンイレブンの店員やタイ語の先生が普通にオカマをしているし、綺麗なオカマの人も多い。だから性的に自由な人間を育む土壌がタイにはあるんだと思う」
下腹部が再び熱くなっていた。あのゲイバーでの日々を思い出したのだ。
「日本に行きつけのゲイバーがあるんだけど店長がいつもタイはパラダイスよと言ってぼくにタイ語のレッスンをしてくれたんだ」
いつの間にか話が逸れていることに気がついてぼくは軌道修正を図る。
「タイではイケメン、つまりかわいい少年は幼い頃から『かわいい、ナーラックナ』と褒められて育つ。同じようにナーラック(可愛くて)でスワイナ(美しい)同姓、つまりおかまの方を見て育つ。いたるところに彼らはいるからね。そんな生活環境で育った少年は、かわいいものきれいなものへの好奇心が人並み以上に強くなると思う。そして化粧をしてみたくなるんだ。少年というのは身近なヒーローに憧れる。それがタイではオカマの方だったりする。そして夢を持つ。僕も大きくなったらあの人みたいに綺麗になりたいと。そんな少年の目標となる立派なおかまの方がタイには実に多い。こうやって可愛い少年はおかまの道を歩んでいくことになるんじゃないかな」
もちろん実際には性同一性障害という複雑な自己意識の問題が絡んでくるわけだし、タイのオカマの方だって性同一性が生物学的性別と一致している人に比べれば苦労が多いのだろうけれど彼女たちはそれを感じさせないくらい明るくてパワフルなのだ。
「女性は一般的に恋愛に対して受け身であり撒き餌をすることはあっても獲物が食いつくのを待つ釣り人といえる。一方男性は自ら獲物を追っかける狩人だと思う。ゲイ、おかまの人というのは、もちろん個人差あるけれど、ぼくの経験から推測するに釣人ではなく狩人だよ」
「どんな経験なの?」
北欧の女子大生は新しいおもちゃを手に入れた子どものようにワクワクしている。
ぼくは聞こえなかったことにする。
「高校や大学において彼らはノンケの男子も狩っていくのではないかな。もちろんイケメンが一番狙われる。イケメンだから女性にも人気はあるのだけど、女性が釣り糸垂らして待っている隙に、彼らは銛でぐさりとイケメンを突き刺し捕らえるんだ。巧みな話術でイケメンをたぶらかすんだ。そして好奇心旺盛な若いイケメン達は、その誘いに乗ってしまう。一度男の味を知ってしまうと、あっちの世界に旅立ってしまうと、二度と戻ってこれないと聞いたことがある。こうして一人前のゲイ又はバイの方がまた一人生まれるんだ」
もちろん実際にはそんな安易な話ではないけれど同性愛へのハードルが日本に比べて異様に低いことは間違いない。男女ともに。
「だからタイの女の子は嘆いていたのね」
「イケメンは男に奪われるってね」
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タイはゲイとオカマの天国です。
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